Chikanism

現実と非現実のあいだ

京都の生きづらさ

めっちゃ暗くてネガティブなことを書きます。

 

 

今、仕事の都合で京都に帰ってきている。一ヶ月くらい。

そしたら京都は生きづらくて、好きなんだけど、めちゃめちゃ辛くて、死にたくなる。死にたいと言うか、生きることを辞めたいと言う感じ。

 

祖母の家に住んでいるのだけど、まず祖母に心配されるのが辛い。帰る時間とか。わがままなだけなんだけど、朝起きる時間とかご飯食べる時間とかお風呂に入る時間とか。両親ならともかく祖母には気を遣うし、他人に合わせる生活がめちゃめちゃ辛い。

それに祖母の老化を感じるのも辛い。祖父は施設に入っていて、祖母も病院やデイサービスに通っているし、それにかかる膨大なお金のことを考えるだけで辛くなる。もちろん祖父母は今までの貯蓄で全部賄っていて、私の負担は一ミリもないのだけど、これからもしまだ10年以上生きるとしたら、足りるのだろうか、とか考えてしまう。

今は送り迎えや買い物を一部母が手伝っているけど、その母ももうすぐ60歳。老老介護も近い。いつまでも車の運転ができる保証はない。

 

その祖父母の次は当然両親だ。今は私と妹が家を出て、悠々自適に旅行などを楽しんでいるけど、父はもう64歳だし、いつまで元気かわからない。間違いなく老いているし、こんな不便な場所に住んでいたら老後困るのが目に見えている。

 

そういういろんな現実を、ここにいたら目の当たりにせざるを得ない。東京にいたら、それらを考える暇もないのだ。毎日が楽しくて、忙しくて、自分の目に映る範囲のことしか考えなくて済む。

 

京都で過ごした25年は、両親にも祖父母にも愛されて、友達もいて、幸せだった。全部私の希望ではないけど、幼稚園からずっと私立に通っていた。それがどういうことか、自ら望んだわけではないにしろ、たくさんのお金と時間をかけてもらったし、公立の学校に通ったことがないという人間は世の中で多くはないと思う。恵まれてた、と思う。

父がいつも送り迎えをしてくれた。母はいつもお弁当を作ってくれたし、心配して帰りを待ってくれていた。小さい頃、父は夜になっても全然寝ない私を助手席に乗せて、よくドライブに連れて行ってくれた。バスの車庫を見に行った。今でも覚えている。愛されてた、かわいがってくれた。

それを思えば思うほど辛いのだ。親孝行できない自分が。

そんな両親を置いて、東京にずっと済みたいし京都には戻りたくないと思っている自分が。

 

その反面、実家での暮らしは縛りが多くて、特に大学生の頃なんかは辛かった。両親は過保護で厳しかったから、大学生になっても毎日帰宅時間を聞かれたし、突然の外泊は許されなかったし、何より実家が不便すぎて友達と遅くまで遊んでいることもできなかった。

たった1ヶ月だけど今はまたその生活。夜遅くまで遊びたいか遊びたくないかではなくて、遊びたくても遊べないという事実が辛いのだ。

 

 

その他にも、東京の家にはテレビがないので、興味のないニュースは入ってこない。世間には疎くなるけど、気分のコントロールはしやすい。実家だと誰かがつけているテレビをつい見てしまうから、見たくないニュースも見てしまう。知らなきゃいけないことばかりだけど、暗いニュースが多いので悲しくなるし、憂鬱になる。

 

 

そういう色々な現実が現実として目の前に横たわっていて、京都で過ごす日々は本当に辛い。悲しい。こんなに老後やお金のことに気を取られて生きるくらいなら、生きたくないなあと思ってしまう。早く京都を出て良かった。

京都も、両親も、祖父母も、大好きだからこそ、離れたいと思ってしまうのが余計に辛い。なんのために日々を過ごすのかわからなくなってしまう。

 

そんな辛さを目の当たりにした26歳の9月1日。