Chikanism

現実と非現実のあいだ

ドギーバッグの中の思い出

レストランで余った食べ物を持ち帰らせてもらうための入れ物をドギーバッグというのだけど、よく考えたらあまりきれいな表現じゃなさそうだ。

日本ではあまりなさそうだけどカナダにはあった。やっぱり食べ物の量が多いからかもしれない。

 

わたしもその入れ物の名前は知らなかった。初めて使ったのはバンクーバーからビクトリアに行ったときだった。

ビクトリアは(確か)ブリティッシュコロンビア州にある島で、バンクーバーの端っこからフェリーで2時間くらいで行ける。ただしフェリー乗り場までのバスが1時間に1本しかなかったりして、わたしは電車を乗り過ごしてバスに乗れずタクシーで向かう羽目になった。

一緒に行くはずのひとは先にバスで向かってしまい、ひとりだった。というのもWi-Fiがなくて連絡がとれず、どうしていいかわらなかったからだ。朝早かったので真っ暗で、フェリー乗り場行きのバス停にはカジノのあるホテルがあって、わたしはそこで半泣きで彼にLINE通話した。

 

初めて行くビクトリアはイギリスみたいで(なんとなく)、街並みがきれいで、歩いても歩いても飽きなかった。歩き疲れはしたけど。

f:id:chikanism:20180916225512j:plain

 

せっかくだからと色んな場所に行き、色んなものを食べた。有名な高級ホテルの地下のスペースのソファに座って、晩御飯のレストランを探した。わたしは計画性もないし無頓着なのでどこでも良いのだけれど、彼は結構下調べをしたがるタイプだったので任せておいた。

行ってみたレストランは1件すでに潰れていたので、近くの別のレストランに入ったけれど、そのときにはもう最終のフェリーに乗れるバスの時間まで40分を切っていて、結局のところ計画性がなくて笑った。

パスタとお肉を注文したのだけれど、これがまた全然来なかった。たぶん届いても食べられないね、バス間に合わなかったらヤバイねと笑って、仕方ないので店員さんに頼んだのだ。

「もうバスに乗らなきゃいけないから、最初からぜんぶドギーバッグに詰めてください」って。余り物を持って帰るための入れ物なのに、最初から全部詰めてもらうなんて。たぶん伝わらないけど、あのときのわたしたちのちょっとした焦りとぎこちない英語と、おかしくないのにおかしくて笑ってたあの赤いフロアのレストラン。

詰められたパスタとお肉の入った袋を受け取って、慌てて払ったカードとレシートを握りしめて、わたしたちはレストランを転げるように飛び出した。そういえばあの店は2階にあったのだ。

 

「バス停どこ?」と言って走る。これに乗れなかったら今日中にバンクーバーに帰れない。次の日は休みだったけれど、すでに明日のアイスホッケーの試合のチケットをとっていた。

横断歩道じゃない場所を走って横切りながら、わたしが伸ばした手を、彼は握った。そのまま走った。慌ててたからだ、と思いながらその手を握り返したけど、離したくないなって思っていた。

 

バスの中で、まだ握ったままの手を彼が恋人繋ぎに握り変えたので、わたしが悪いわけじゃないと思って、そのままにしておいた。横で爆睡してる時間が終わらなければいいのにと2階建てのバスに揺られながら思ったけど、そんなわけはなかった。

 

ドギーバッグの中のパスタとお肉は無事乗れた帰りのフェリーの中で食べた。冷めてて美味しさは半減してる気もしたけど、切羽詰まってよくわからない英語でぜんぶ詰めてもらって走ったことを思い出しては笑った。