Chikanism

現実と非現実のあいだ

本当はパンケーキが食べたかったよ

夏の暑い日、駅で待ち合わせをしていた。彼は笑顔でこちらを見て、手を振った。
おはよう、と昼なのに挨拶して、歩きだす。「お腹すいた?」と彼が言い、わたしはうん、と頷く。続けて彼は言う。「なに食べたい?」。


何が食べたいか、と聞かれてわたしが答えを出せたことはほとんどない。いつもパッと思いつかないのだ。なんでもいい。あなたと食べるなら、なんだって美味しいし、なんでもいい。

 

「なにが食べたい?逆に」とわたしは言う。逆に、というのは彼の口癖だ。なんとなく真似をするようになってしまった。他にもたまに真似をするけれど、そうすると彼は「あ、真似した」と言い、わたしは「うん。真似する」と開き直る。そうすると彼は「そう開き直られるとなにも言えないけどさ」と困るのだった。


「さっき調べたんだけど、カレーか、オムライスか、パンケーキか、どれがいい?」と彼は言った。わたしは行き当たりばったりな性格のせいで、事前に店を決めておくということが滅多にできないので、お昼ごはんだって現地で適当に探せばいいやと思っていた。
なのにちゃんと考えて調べていてくれたことが嬉しかったし、お昼ごはんなのに選択肢にパンケーキが入っているのがさらに嬉しかった。わたしは甘いものが大好きで、今までも彼は何度もスイーツを食べるのに付き合ってくれた。初デートはパンケーキが有名なカフェだった。その次はパフェを食べに行ったし、チョコレート屋さんに行ったこともある。ぜんぶお昼ごはんの代わりに。だからそんなわたしのことを考えて、選択肢にパンケーキを入れてくれたんだろうな、と思うと嬉しくないわけがなかった。


わたしがパンケーキが食べたいって言えば彼は嫌な顔ひとつせず付き合ってくれるだろうけれど、とはいえお昼ごはんにパンケーキが食べたいと思っているとは思えなかったので、わたしはオムライスがいいと答えた。
じゃあこっち、と彼が連れて行ってくれたのはこじんまりとしたお店だったけれど、有名みたいで少し列ができていた。列に並びながら、メニューを見てなににしようかと相談する。結局、彼はエビクリームコロッケ、わたしはビーフシチューオムレツにしたのだった。
彼が頼んだものも、わたしが頼んだものもとてもおいしくて、大正解だった。少しずつ交換して、おいしいね、と言い合った。写真にこそ残さなかったものの、わたしはそのお店をグーグルマップで保存した。現代っ子だから。

 

暑さに負けて昼過ぎに入ったスターバックスで、彼は他の候補だったお店の写真を見せてくれた。カレーもおいしそうだったし、パンケーキももちろんおいしそうだった。スマートフォンの画面につぎつぎと現れるパンケーキの写真をわたしに見せて、彼は「好きそうだね」と笑った。お腹が空いていたら今から行こうと言えたけれど、残念ながらお腹はそんなに空いていなかった。でもなにより、わたしが好きそうだ、とパンケーキのお店を調べてくれていたことでお腹がいっぱいだった。

 

次はどこに行こうか、なにを食べようか。あなたとならどこに行ってもきっと楽しいし、なにを食べてもきっと美味しい。だけど手を抜かずに、めちゃめちゃ美味しいものが食べたいよね。
そう思ったあの日が、まさか会うのが最後になるとは思ってもなかったけど。でもグーグルマップに保存したあのお店はまだ残っているはずだ。確認なんてしないけどさ。