Chikanism

現実と非現実のあいだ

美しくなりたい

美容院に行った。髪色を暗くしてもらって、ちょっと毛先を切って整えてもらって、トリートメントをしてもらった。初めて行って以来ずっと通っていたのだけど、家の隣に美容院ができてしまったので3ヶ月ぶりだった。担当さんは「3ヶ月どこ行ってたの、今日は他と違うってとこ見せないとまたどっか行っちゃうね」と笑って、小顔に見えるカットをしてくれた。「ちかさんに彼氏できたらいいな〜、できたら(僕のおかげだから)絶対うち通ってね」と言う。

 

美容院代1.5万円、高すぎることはないけど安いこともない。毎月通おうと思うと、小さな出費じゃない。他にもマツエク代、医療脱毛代、ジム代が毎月かかるし、お金も時間も手間もかけたって、全然理想にたどりつけない。

美容院で長時間鏡を見つめて、なんでこんなにパーツのない部分の面積が広いのか、2時間ほどたっぷり考えてみても答えはわからずぐったりとした。

 

去年は4月からジムに通い始めて週に2回は行くようにしていたのだけど、10月ころから気合を入れ直して週3〜4回を目標にした。ジムに行った日はswarmでチェックインするようにしたら、平均すると2日に1回は通えていた。予定のある日と休館日以外はほぼ行くようにした。

それが結果としてわかるほどになったかどうかは自分ではわからないが、たまに痩せたねと言ってくれるひとがいたので少しは変化があったんだろう。今年は数値目標として5キロ痩せてキープしたい。

 

脱毛に関してはお金を払って通いさえすれば毛はなくなるので、あと3回通うだけ。施術中はそれなりに痛いし、VIOもやっているので途中であられもない姿を晒すことになり「これを乗り越えた先になにがあるんだろう…涙」と泣きたくなる。

脱毛器の目へのダメージを防ぐためにアイマスクのようなものをされ、もはや素っ裸で開脚(に近い格好)をしている自分を想像すると耐え難い気持ちになるが、施術してくれている看護師さんはもう慣れっこだろうし、このさき一生会わないし大丈夫、と自分に言い聞かせる。しかも痛い。その甲斐があるのかないのかたまに「脱毛してるの?すべすべだね(要約)」といったことを言ってもらえることもあるけど、このすべすべに合計30万以上かかってんだぞという気持ちになる。

 

それはともかく、2019年は美容をがんばりたい。去年もがんばっていたつもりではあるけど、結局体重は落ちなかったし。今年は5キロ痩せるのと、肌をきれいにするのと、ネイルをがんばる。やっぱり自分を好きになりたいなあという気持ちがあるので、もう少し自分に自信を持てるように、美しくなりたいと思う。

今週のお題「2019年の抱負」

2018年振り返り

今日チューターと6ヶ月分の振り返りをした。自己評価は75点、チューター評価は80点。

足りない25点ってなに?って考えたら、目の前のタスクをこなすことばかりに時間を割いてしまってて、長期的に必要なタスク(緊急ではないけど重要なこと)があんまり出来てなかったなあと。具体的に言えばお客様からの依頼ベースじゃない自主提案とかそのためのヒアリングとか、困ったときに相談してもらえる関係づくりや提案後のフォローとか。

そういう積極的な活動はなかなか出来なかったけど、頼んだことはほぼ完璧にできるし社会人としての基礎スキルはちゃんと身につけられたね、とチューターが言ってくれた。

 

2018年のスタートは国家試験の勉強だった。ほとんど人にも会わず誰ともしゃべらないような日々で、毎日重たい参考書を持って図書館と家の往復。こんなに辛いことなかなかないだろうって思ってた。

今年の目標も「国試に合格すること」にしてた。2月に国家試験を受けて、合格した。おそらく使うことのない薬剤師免許は今、部屋の壁に飾ってある。3月の時点で1年の目標は達成してしまったけど、友人がたまにお薬の相談をしてくれるのが嬉しかった。

それだけで免許をとった価値がある。

 

4月から東京で仕事を始めた。初めての土地で、それでも元気に楽しく過ごせてこれたのは毎日面倒を見てくれるチューター、一緒にがんばってる同期、なんでも教えてくれる先輩たち、飲みに行ったり遊びに行ったりしてくれる友人たちのおかげだなあと心底思う。

就職したときも、仕事を始めたときも、まさか自分が営業をするとは思ってなかった。営業職は自分に合っているとも向いているとも思わないし、よくできるとも思わない。だけど学ぶことが多くて、楽しい。

たまに夜寝ていてちょっと眠りが浅くなった瞬間に仕事のことを考えている(お客様の名前とか会社名とか、メニューの名前とかが頭の中に浮かぶ)ことがあって、わたしって思ったより仕事のことばっかり考えてるし好きなんだなあと思う。

 

プライベートで辛いことがあっても仕事をしている間は忘れられるし、夢中になれる。仕事があるから頑張れるし、ほんっとーに仕事に救われてる部分が大きい。しかも幸いなことに、仕事はやれば評価もしてもらえる。1年目だから無理そうなバジェットも与えられていないし、いろんなひとがサポートしてくれて、認めてくれて。

ありがたいことです。仕事も職場の人も大好き。

 

東京で友達もたくさんできて、それもとても嬉しい。みんなだいすき。

与えてもらってばっかりだからたくさん返せるように、がんばりたいなー。今年も恋愛だけはうまくいかなかったので、それも来年はがんばりたい。まぁ失敗も含めていろいろと学ぶことの多い1年でした。周りのひとのおかげ!

わたしのサンタさん

25歳、就職で上京するまでずっと実家に住んでいた。その間、バンクーバーに住んだり祖父母宅に住んだりしたこともあったけど、基本的にはずっと京都市のちょっと外れで過ごした。

小学校から私立に入学したので近所に友達は住んでいなくて(それでなくても子どもが少ないところだった)、小さい頃はお稽古ごとに通ったり、家でお絵かきをしたり本を読んだりして過ごしていた。

2つ年下の妹がいた。妹はわがままで、一人では何もできない子だった。よくケンカもしたし、反抗期には無視され続けていたときもある。でも基本的には仲良くしていた。


わたしが中学生になった年のクリスマス、母はわたしを連れてクリスマスプレゼントを買いに行った。妹のためのゲームソフトだ。「あの子はまだサンタさん信じてるのかなあ。幼いなあ」と言いながらどこか嬉しそうな母。いま思えばいつまでも子どもでいて欲しかったのだろう。子どもらしく振る舞うのも親孝行だと、24歳になった妹は言うけれど、それもまた真実だと思う。妹がサンタクロースを信じていると思いながら、なぜわたしはもうサンタさんの真実に気づいていると思っているのだろう、と13歳のわたしは思っていた。

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当然わかってはいたけど思わぬ形でネタバレをされたクリスマス、それでも朝起きたらわたしの部屋の入り口にはクリスマスプレゼントが置かれていた。妹が喜んでいるので、わたしも何も知らないフリをした。

その後も、何年経っても、クリスマスの朝は起きたらプレゼントが置かれていた。大きくなって寝る時間も遅くなったし、母が夜寝る前にセットするのでは気が付きそうなものなのに、いつも朝まで全く気が付かないのだ。

 

それはわたしが23歳になるまで続いた。「クリスマスにこれ買って!」などと、大人になってからもクリスマスにはちょっと高いコスメやシャンプーなどをねだってはいたものの、クリスマスの朝にはしっかりそれとは別のプレゼントが置かれていた。サンタさんはいたのだ。

24歳、バンクーバーで過ごしたときはさすがにサンタさんは来てくれなかった。25歳、祖父母のマンションに住んでいたときは、大学から帰ってきたら大きな紙袋が置かれていた。わたしは迷わず母にLINEした。

 

でももう、東京の一人暮らしのマンションだ。サンタさんがくるはずはない。

いつまでもわたしのサンタさんでいてくれた母が近くにいないことを、久々に寂しく思った。(クリスマスはまだだけど)

 

せっかくなのでカナダのクリスマスの記事も見てください! 

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この瞬間が永遠に続くか、そうでなければ人生が終わってしまえばいい

いまこの瞬間に死んでしまいたい、そう思ったことがある。大好きなバンドのライブの最中、一番好きな曲のイントロが流れてきた瞬間。

狭いライブハウスの真ん中前寄り、前の曲が終わって一瞬世界が暗くなる。赤や緑の照明がチラついて、興奮でファンが前に押し寄せた。噎せ返るような熱気と、ちょっと籠もった汗の匂い。

その真ん中で、ギターのイントロを聞きながら、間違いなくわたしは、この瞬間が永遠に続くか、そうでなければ人生が終わってしまえばいいと願っていた。

 

何度ライブに足を運んでも同じ現象が起きた。毎日同じことの繰り返しのつまらない高校生活の中で、ライブは単に癒やしとかではなく生きがいだった。会場は戦場でもあった。(ライブに行かなくなった今の生きがいってなんだろ、仕事かなあ)

他のバンギャル友達に聞いたことはないのでこう思っていたのがわたしだけなのかどうかわからないけど、少なくともわたしは毎回そう思っていた。

でも時間が止まるわけはなくて、終わらないで欲しいと思えば思うほどあっさり過ぎていくような気がした。

 

 

不思議なことに、バンギャルを卒業してK-POPアイドルにハマったときは、これほどではなく、時間が止まって欲しいと思うことはあっても死にたいと思うことはなかった。あれはのライブハウスの、妙な密室の中だったからかもしれない。メンバーにも近かったしファンとの一体感も生身で感じられて、あのときの興奮は確かに、アイドルのコンサートでは感じられない。

今となってはK-POPアイドルのファンも卒業してしまったが、まぁ人生においてあそこまでの興奮を感じることはほとんどない。仕事でドキドキすることやワクワクすること、いわゆる興奮することはあるものの、それはあのときのそれとはまた別のものだ。どちらかと言えば未来への興奮なので、今死ぬわけにはいかないという感覚に近い。

 

なんだったんだろう、あのときの感覚。もう二度と味わうことはないかもしれない。

2年前の「今日」

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2年前の12月1日、わたしはバンクーバー空港にいた。当時好きだった人の帰国日だった。たまたまその日はインターン先のクリスマスパーティで、出勤が昼からで良かったので、彼の見送りに行くことにした。

ウォーターフロントの駅で待ち合わせをした。ウォーターフロントでは何度か待ち合わせをしたことがあったけど、彼は大きなスーツケースを引っ張っていたので、本当に帰っちゃうんだなあと寂しくなった。

2日くらい前に会ったときはまだ見送りに行くと決めてなかったので、会うのはこれが最後かもしれないと思って寂しくなるねえとわたしは言ったけど、彼は「一生会えないわけじゃないんだから」と言った。でも一生会わないんだろうなあとなんとなくわかっていた。「そうだね、でももう会う気もないんやろ」と喉元まで出てきていたけど言わなかった。

 

空港でベトナム料理を食べた。使い捨ての容器に入っている簡単なやつ。たしかフォーだった。「お前が帰ってきたら次は日本でベトナム料理食べよう」と彼が言った。

 

気をつけてね、またね、と言ってその人は出国ゲートへ消えていった。ゲートを過ぎてからも彼は振り返って手を振った。そういう人だった。

 

 

それから一度も会っていないし連絡もとっていない。苗字はかろうじて思い出せるけど、名前も忘れてしまった。写真はたぶんまだ残ってるけど。

いろいろとすっかり忘れていたのだけど、iPhoneのアルバムが2年前の今日の写真をおすすめしてきたので思い出してしまった。便利なのか便利じゃないのか、やっぱり微妙だ。

 

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時間の速さに追いつけない

さっきインスタを見たらバンクーバーにいた頃通ってた学校の同級生(日本人の女の子)が「この二年であなたの髭が伸びてわたしの髪も伸びたね、あれからもう二年なんて信じられないけどたくさん会えなくても幸せです愛してる」みたいなコメント付きでカナダ人の彼氏とのビデオ通話の写真を載せていた。

そういえばわたしが大学1年生くらいの頃は遠距離してる子たちはよくスカイプでビデオ通話していて、その画面をスクショしてSNSに載せるのが流行っていた(ような気がする)。

同級生とその彼氏は、バンクーバーでボランティアをしていて出会った。そのときは連絡先も交換せずに終わったが、それから半年くらいして学校のメンバーでテキーラショットを何杯も飲んだときにわたしが酔って彼女にTinderを教えたらなぜか再会したのだった。

わたしは友人の恋愛の話を聞くのが好きなのでよく聞くのだけど、聞くところによると彼女らは初デートでクリスマスマーケットに行って(ウォーターフロント駅のあたりでやっていたやつ。偶然わたしも好きだった人とその日行ったけど相手には日本に恋人がいたのでつまりそういうこと)、その日に付き合うことになったらしい。

まぁ付き合い始めてからもいろいろ問題があって、日本だと大声では話せないような内容も、わたしたちは日本語が通じない環境に甘えてカフェでよく喋り倒した。何が言いたいかというと、いろんな問題がありながらもこうして付き合い続けてるのはすごいなあと思ったし、時間が経つのが早くて驚いた。カナダで暮らしていたころからもう2年も経とうとしているのだ。

 

 

話は変わるがフェイスブックを開いたら高校の同級生の結婚報告があった。もはやフェイスブックは結婚報告をする場であると言っても過言ではない。わたしは中高大一貫だったので高校の同級生はほとんど大学の友だちでもあるのだけど、薬学部に進学した子は5人くらいしかいなかったのでほとんどが高校どまりの関係だ。

それ以来会っていないひとばかり。高校時代で時間が止まったままの友人たちの、突然の結婚報告を見ると嫌でも時間の流れを感じさせられる。

薬学部の友人たちはどちらかと言えば学生時代が長く卒業が遅かったこともあり結婚はまだな場合が多いけども、4年で卒業していればもう社会人も4年目。そろそろ結婚となってもおかしくない歳なんだろう。(わたしに至っては社会人1年目なのでまだまだって感じ)

ほぼ連絡もとっていない同級生の結婚報告にいいねを押しながら、見知った名前からのコメントを見る。この子も結婚していたんだっけ?とプロフィールを見に行くと、同様に結婚報告の投稿が写真付きで載っていた。やっぱりフェイスブックは結婚報告の場だ。もはや誰が既婚で未婚かわからない。

友人たちが人生で大きな決断をして、幸せな報告をしているのを見るのはわたしも嬉しい。卒業してからほとんど会っていないけど、みんな幸せに暮らしていてくれたらいいなと思う。

 

それにしてもそういう報告を聞くことはやはり時間の流れを意識せざるを得ない。自分もそういう歳なんだなあと実感する。わたしは歳をとるのがイヤで、現実逃避してばかりだ。もうちょっと歳をとることに対して肯定感を持てるようになりたいなあとか、そういうことを考えた。

キャラメルクレープと26歳

仲良しの女の子が5年くらい付き合っていた彼氏と別れた。彼女らは大学2年生の終わり頃に付き合い始めた。わたしはその1ヶ月くらいあとに初めての彼氏と付き合い始めたけど、彼女らはわたしたちが付き合っていた期間の2.5倍ほど付き合っていたことになる。

結婚するんだろうな、とわたしも、他の友人も、なんなら本人たちも思っていた。実際、彼氏のほうはプロポーズの予定も立てていたらしい。ただし卒業してからは遠距離だったので、結婚するとなればどちらかは仕事をやめて引っ越すことになる。

でも彼女は別れる選択をした。曰く、ずっと違和感を放置してきていたらしい。その場で喧嘩して、話し合っても最終的に改善されないところとか。5年という期間は長かったと思う。

 

 

それは6月くらいの話で、10月に会ったとき、わたしは「実は職場の人と付き合い始めた」と報告された。次ができたから別れたのかなとも思ったけど、彼女は彼女なりに前の彼氏と長く居続けるための努力をしていたのを知っていたので、幸せそうで良かったと思った。

クレープを食べながら彼女が写真を見せてくれて、思わずわたしは「○ちゃんの好みって、こういう感じじゃないよね?」と素直に聞いてしまった。彼女は笑って、「ぜんぜん違う。わたし、男の人のヒゲもタバコも絶対イヤって思ってたもん。でも、それでも好きだなって思えるからほんとに好きなのかもって」と言った。

 

確かにそうかもしれない。日常生活で、恋愛をする相手を条件で探しているわけじゃない。一緒にいて楽しくて、ずっと一緒にいたいと思えることが大事だよなあ。

彼女の一言に人生が詰まっている気がした。26歳秋。