Chikanism

女子大生の脳内お花畑系なブログ。日々感じること考えることを大事にしたい感じ。

得点率3割から薬剤師国家試験合格まで

第103回薬剤師国家試験に合格しました。やっと合格証書も届きました。

あとは免許を申請するだけですが、もう仕事が始まるので区役所とかに行く暇があるのか謎です。

最初の模試でのズタボロから合格までの記録とか勉強方法とか。勉強とかに悩んでる学生さんがいたら是非。

 

国試当日までの変遷

10月7日 114点/345点

12月2日 176点/345点

2月1日   245点/345点

本番    251点/345点

※合格点:約225点

※全部薬ゼミの統一模試です

 

1回目模試

1回目の模試は10月7日でした。わたしは休学していてブランクがあったこともあり、また勉強を始めたのが9月だったこともあり、1回目はほぼほぼ何もわからずズタボロの結果。114点で、3割くらいしかとれていません。このとき学内の順位が90人中85番とかでした。ひどい。もちろんE判定

先に卒業した友人に聞いて、わたしも2回目の模試(12月2日)までに青本をぜんぶ1周終わらせるプランを立てました。

1冊に1週間ずつ割り振って、問題を3周やることを1周とカウント。正解したらチェックをつけて、何回やっても間違えるところに付箋を貼る。1週間以内にそこまで終わらせられたら、付箋のところだけ見直し。

1回目の模試の見直しは、あまりにも出来なさすぎたので一旦置いておいて、2回目の模試の直前にやりました。

 

2回目模試

2回目は12月2日で、これは176点。前回に比べたら伸びたけど、D判定。学内では85人中67番目くらい。ちなみに必須問題も7割切っていました。

このあとは模試のやり直しをして、知らなかった知識はノートにまとめることに。わたしはひとつのノートにしたけれど、今思えばルーズリーフにまとめたほうが科目ごとに分けられて良かったと思う。で、このノートを通学時間に眺めていました。

青本はもうすでに1周ずつやったので、既出問題集を1から順番にやることに。既にやったことある問題もあるので、1冊終わらせるのに1周間はかかりません。早めに終わったら次に進めていました。

セルフ模試や薬ゼミ以外の模試なども受けて、そこでも間違えたところはノートに。青本の内容でもどうしても覚えられないところはノートにまとめてました。

 

卒業試験

うちの大学は卒業試験が1月5日、6日くらいにありました。内容も国試に準じるとのこと、一応過去問などももらっていましたが、友人によると国試の勉強で問題ないとのことだったので国試のための勉強を継続。

お正月は北野天満宮(学問の神様で有名なところ)に合格祈願に行ったくらいで、他はずっと家かマクドナルドかカフェで勉強してました。国試の過去問が出るということだったので、98回〜102回の過去問は直前3日くらいでぜんぶやりました。しんどかった。

65%ギリギリくらいで合格、卒業が決定したのでいったんここでずいぶん気持ちがラクになった。

ここからは3回目模試に向けて1日ごとにスケジュールを組んで1科目ずつ回してました。もう何周もやってるので、1日あれば1周終わらせられる。

 

3回目模試

3回目は2月1日で、これではようやく245点、合格点以上をとることができました。3回目は薬ゼミも気合い入れてきてる、って噂でしたが思ったより簡単でびっくりした。B判定だったし、学内順位も80人中28位に。(人数が減ってるのは察してください)

この日以降は、模試のやり直し以外はまた1日ごとにスケジュールを立てて、国試直前2日は総復習ができるように調整。

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↑こんな感じ

科目は自分の苦手なものをあとに持ってくるようにしてました。実務や法規、薬物治療などそこまでハードじゃないものは早めにやっておいて(忘れにくいから)、公式とか忘れやすくて苦手なものを直前にやるようにしてました。個人的にですが物理は直前のほうが記憶が残るので点がとりやすいです。

最後2日はまた過去問を98回〜102回までやりました。覚えきれてなかったところはカードにまとめて、直前に見返せるようにした。

 

当日

当日はホテルに持っていった青本は衛生のみ。あとは薬ゼミ要点集の薬理と実務、薬ゼミの直前講習(大学での)でもらった資料。ホテルではそこまでがっつり勉強せず、なんとなく見返す程度にしてました。やりだすとキリがない気がして。(ちなみに薬ゼミの山かけで「絶対出る!」って言われていた物理の範囲とかは出なかったので、信じすぎないように!)

会場は大阪商業大学でした。ホテルは絶対にとっておいたほうがいいです。会場が直前までわからないので、わたしは去年の会場(大阪工業大学桃山学院大学)の近くを9月くらいから押さえてて、会場候補が発表された時点で大阪商業大学の近くのホテルを押さえてました。2月に会場がわかってからキャンセルでも、1週間以上前だとキャンセル料もかかりません。9月でも結構いっぱいでした。

会場内はトイレが少ないので水分のとりすぎは厳禁、コンビニも構内のは閉まってた気がするので会場に入る前に買っておくとよいです。ブランケットはOKでした。お腹いっぱいだと眠くなるのが怖いのでわたしはサンドイッチとチョコレートとかにした。

途中退室するひとはほぼいなくて、ぎりぎりまで見直し、確認をしている感じ。試験時間が長いし、合ってる自信もないし、終わった頃には疲労困憊。おつかれさまでした。

 

その他

勉強はほとんど大学の図書館でしてました。薬学生用の自習室もあったけど、わたしは学年がズレてて友達もほぼほぼいなかったので逆に自習室は行きづらかった。卒業試験が終わって大学の授業がない時期は、だいたい毎日7時半くらいに起きて9時半くらいに大学について、図書館に夜8時〜9時までいて家に帰るという生活をしてました。食堂が開いてるときは食堂でご飯を食べて、土日など早く閉まる日は近くのマクドナルドに行くことが多かったです。

今思い返すと当時の記憶があんまりない(笑)

勉強中は疲れたり眠くなったら仮眠してたけど、本番はそうはいかないので、不眠気味だったわたしは精神科にいってゾルピデムをもらってました。本当にすぐ眠れるので、もっと早くに頼っておけば良かった。今はもう飲んでないけど、不思議と眠れなくて困ることはないです。

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↑部屋の壁に貼ってた

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↑貼ったり持ち歩いたりするカード

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↑トイレのドア

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↑トイレの壁。自律神経系はとても苦手でした

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↑洗面所の壁。髪乾かしたり歯磨きしながら見てました。

 

まとめ

ほぼほぼ勉強しない前半を過ごしてしまって最初の模試で3割しかとれなくても、ちゃんと勉強したら国試は受かります!結構長くて、あと青本が重くて身体も気持ちもしんどいことも多いですが、まわりに頼りながら頑張ってください(受ける方がもし見ていたら)。

わたしは6年制薬学部から休学して留学、ぎりぎりの就活(8月までかかった)、他業種への就職(IT・インターネット広告業界)などちょっと変わった経験もしてきたのでなにかあればツイッター@chikanism818)からでもなんでもどうぞ。めっちゃしんどかったです。笑

 

受けた直後↓ 

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つらかった話↓

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どうでもいい話(2018年3月 ③)

自分に自信がない。

以前自分の感情に自信が持てないみたいなことを書いたけど、それだ。そのときは、わたしは「嬉しい」とか「悲しい」とか「腹が立つ」といった感情が、正しいのかどうかわからないということだった。

でも、それだけじゃなくて、そういう感情を含めた自分の内面から出てくる考えや意見なども含まれていることに気づいた。

 

例えば、実験結果からの考察なら、自分の感情は含まれないし事実に基づく推測なので他人にも言いやすい。他にもこの事実についてどう思うか?とかならまだマシだ。

わたしが苦手なのは、「なんでこれが好きなんですか?」とか「(こういう生活がしたいなどと述べたとして)それはなぜですか?」というような、個人的な、思想とかスタンスとか感情とかが含まれてくるような意見を述べること。

本当は考えていることや思っていることがあっても、いざ聞かれるとどうしても言えなくて「いや、うーん、えっと…」みたいになってしまうことが多々ある。

 

他人にどう思われるかを気にしすぎてるのかもしれない。否定されるのが怖いのかな。

 

内定先から、研修で使うワークシートが送られてきた。そのなかに、選択肢のなかから4つ選んでそれについてイラストを描け、というものがあった。わたしはこういうのが苦手なのだ。イラストを描くまではまぁ良くて、たぶんそれを発表させられるんだろうなぁと思うとなんか憂鬱になってしまった。娯楽で描いてネットに載せるぶんには構わないけど、こうやって研修とか選考とかで使う場合、そこからわたしのなにを判断するの?と思うと気後れする。

 

 

昔はわたし、目立ちたがりだった。学級委員とか合唱コンクールの指揮者に立候補するような子どもだった。たぶんもっと自分のことを信じてたし、自信もあった。小学校の低学年くらいまで。

今は隠れていたいわけじゃないけど、まわりには「もっと自分に自信持って」とか「色々考えてそうなのになんで何も言わないの」とか言われることが多い。なんとなくこうなった原因も思いつくけど、克服できるのはまだまだ時間かかりそうだな。

 

 

ちょっと話は逸れるけど、人見知りはずいぶん治ったと思うけど、話すのが下手すぎるのもなんとかしないとそろそろ社会人なのに困りそうだなあ。

初めてのハワイ

初めてのハワイ。

トラブルがありましたが、無事行ってきました。

 

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ひとりで飛行機に乗って、オアフ島(ホノルル)に着いたら、着陸前の揺れで酔ったようで、周りが降りる準備をしているなかトイレに駆け込みました。今まで乗り物酔いをしたことが人生で一度もなかったので、軽いトラウマです。帰りは酔い止めを買った。

 

お金とか

クレジットカードでほとんどいけます。現金はチップくらいにしか使わなかった。レストランの会計はほぼほぼテーブル会計です。チップは15%くらい。物価は明らかに高いです。

でも免税店のブランド物は安い。なんでだろう。プラダでお財布買いました。

 

言語とか

日本語でほぼほぼいけます。なんならアメリカ人っぽい人でも日本語で話しかけてくれます。マイナーな話題だと全部日本語では難しいかもしれませんが、基本的な接客用語などは日本語も通じる。

 

トイレとか

ペーパーは流せます。流れるのも自動なので、座ったり便座シートをセットしたりしているあいだにめっちゃ流れていく。今まで行った国でトイレットペーパーが流せなかったのは韓国だけだなあ。ハワイに関しては、ホテルのJTBのラウンジには日本のウォシュレット付きトイレがあった。

 

移動とか

基本はバス。JTBツアーのバスもあるし、HISも確かあったし、JCBカードのバスもあったし、観光ならこれらで済みそう。

 

日数とか

わたしはホノルルには3日の滞在でしたが、やっぱり短い。もっと欲しい。ハレイワとかのちょっと離れたところにも行ってみたいし、ディズニーリゾートにも行ってみたい。天気も毎日良いとは限らないし!

 

写真たち

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ワイキキビーチからの夜景。

 

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このーきなんのき きになるき♪のやつ。

 

このへんからハワイ島

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これ空港なんですけど、なぜか壁がなくて全部吹き抜け?のやたら開放的な作りでした。

 

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これだけホノルルの街並み。

 

こんな感じ!3月のハワイは冬らしいですが、それでも昼間は30度くらい。半袖で過ごせるけど、夜はちょっと肌寒かった。今年は例年より寒いらしかった。今度はもっと夏に行きたいな〜。

どうでもいい話(2018年3月 ②)

最近みた映画

 

1. グレイテスト・ショーマン

これめっちゃ良かった。雰囲気とか曲とか。

夢とか金とか憧れを追いかけすぎて我を見失うという感じは華麗なるギャツビーに通じるところがある気がした。あとストーリーがなんとなくSING(去年やってたアニメ映画)に似てる。ネタバレになるからあんまり書かないけど。個人的にフィリップがいい役だな〜と思った。

 

2. シャーロック・ホームズ シャドウゲーム

これもおもしろかった。ホームズの推理とかはあんまり説明されないから、純粋にアクションを楽しんでるのにも近い。でもとりあえずワトソンさんがかっこいい。ホームズもかっこいい。

 

3. 君の膵臓をたべたい

これは絶賛されてたけど、原作の方も読んでてそこまでだったので、ある意味期待通りだった。本の内容そこまでしっかり覚えてなかったんだけど、さくらが自分からハグして仕掛けておいて、「冗談だよ」とか言って、いざ押し倒されたら「やめて!!」みたいなの、都合良すぎでしょ…とか思った。

 

4. 銀魂(実写)

マンガの実写ってそんなに期待してないかったけど、これは結構良かった。いい意味で銀魂らしさが出てた。これは銀魂だから実写でもうまくいったのかもしれない。キャストもすごい豪華だし、良い配役だし。ストーリーもなんとなくわかってるから安心して見れるし。(展開がハラハラするやつ苦手)

 

5. アナと雪の女王

3回目なのに泣いた。飛行機の中で見たから、日本語字幕がなくて、英語音声に簡単な英語字幕で見たけど、アニメだし、もう2回見ててストーリーもわかってるので、全部英語でもだいたい理解できた。act of loveが「=キス」ってなるのってとても安直だなぁと思ったけど、ディズニーでは王子様のキスでプリンセスが生き返ったりしてるし、まずそういう思考になるのは仕方ないのかな。アナの場合はキスじゃなかったけど。

 

 

映画を観るとか本を読むとかの文化的な活動をすると、試験終わったんだな〜という感じでとても良いです。圧迫感がない。シアワセだ。

映画にしても本にしても、感想書くの苦手だし、大してちゃんと書く気もない。

どうでもいい話(2018年3月 ①)

ホワイトデーなので、何年か前のバレンタインデーの話。

 

 

雪が降っていた。わたしはバレンタイン用に作ったクッキーを大量に試食した後、こたつに座ってテレビを見ていた。ピロン、とLINEの通知が鳴る。

差出人は、長らく連絡をとっていない、前のバイト先の塾の教え子だった。「先生と同じ大学の経営学部に受かったで!」と書かれていた。

彼はわたしが大学1回生の頃に初めて受け持った子で、当時高校1年だった。わたしは数学を教えていたけれど、彼は文系だったので2年生までで辞めた。家庭教師のような感じで、どこまでどうやって進めるとか、指導方法の決まりとか、そういうものがあまりなかったし、彼はそこそこよく出来たので、わたしたちは授業の4割くらいは雑談をして過ごした。

学校のこととか友達のこととか、でも、彼が一番よく話すのは恋愛の話だった。割りと頻繁に変わる彼女の話を、かなり下世話なところまで聞かせてくれた。その他にも、彼女と遊びに行った話とか、あげたプレゼントの話とか、「欲しいって言ってたけど絶対イヤって言った」と言いながら初めてのバイト代でサプライズでアクセサリーを買った話とか。「俺からは絶対振らないから、振られてばっかりだ」、などとも言っていた。

最後の授業の日、わたしは「あんたが大学生になったらゴハンでも行こうね、奢ってあげるから」と言ったけれど、彼はその後にとても生意気なことを言ったので、わたしは「ばーか」と送り出した。

 

それから約1年。彼がもう大学生かあ、というのと、同じ大学だということに、なんとも言えない気持ちになった。「おめでとう、大学で会うかもね」と返信すると、「先生みたいなかわいい人紹介してね」と返ってきて、変わってないなあとも思った。

 

その雪のバレンタインデーから3ヶ月くらい経った日の朝、大学へ向かう電車で肩を叩かれたので振り向くと、その子が立っていた。久しぶり、と言った彼が高校生の頃と変わっていたかどうかは全然覚えていないけれど、彼のポケットにタバコの箱が入っていたので、わたしは「あんたタバコ吸うの」と言ったら、彼は「あ、うん、たまに」と言った。そのまま大学に着くまで、彼のキャンパスライフについて聞いた。授業の話や今度友達と遊びに行く話、かわいい女の子がいない話などをして、別れた。

 

 

彼とはそれ以来会っていない。今なにをしているかも、卒業後どうするのかも知らない。でもわたしは長く大学生をしすぎたので、どうやら卒業年度が同じらしい。わたしの生徒だったのに、社会人としては同期になる。もともとあいつはわたしに敬語を使わないので、生徒でも後輩でも同期でも変わらないのだけれど。卒業してから、もしまたどこかで偶然出会えたら、おもしろいよね。

出国前トラブル〜〜

こんちは!ちかです。

 

ハワイ行く〜って散々言っておきながらトラブル(自業自得ですが)に見舞われ、空港に取り残されました。でもなんとかなりそうなので書いとく。

 

以前パスポートなくして再発行したということを書いたと思うんですけど、今回のトラブルの主な原因はパスポートを失くしたことに他ならない。

アメリカに行くにはesta申請をしなければならないのだけれど、わたしは1年半くらいまえにロサンゼルスに行くときにestaを申請していた。有効期限は確か2年だったので問題ないはずである。だからestaのことをまったく気にしていなかった。もう申請したし、と。

それで昨日家族と空港に向かい、JTBのカウンターで「esta申請は済んでますか?」と聞かれて「はい」と答えながら「あっそういえばパスポート変えたな…」と気づいた。パスポート変わったら新しくestaを申請しなければならないのだろうか?慌ててぐぐると、「再申請しましょう」とのこと。

ここでめちゃくちゃ焦る。estaは「最長72時間かかるので、3日以上前に申請を済ませましょう」と記載されているのである。

 

焦ったわたしは航空会社カウンターに並びながら、スマホから申請。ギリギリ間に合え…!!カウンターのお姉さんに事情を話し、申請した後に届いたメールを見せると、「estaセンター(メール差出人)は代理業者ですね…あんまり使わないほうがいいです。時間もかかるし」と言われ、ここで初めて公式サイトからの申請をしていなかったことに気づく。

「公式からもう一度申請したほうがいいかもしれません」と言われて慌てて公式サイトに必要事項を入力するも、「このパスポート番号は既に申請があるため、もう申請できません」と表示された。つまり申請までは進んでいた。

しかし認証が下りるのがそんなに早くない。搭乗時間まで1時間ほどしかなかったのだ。JTBのカウンターで相談するも、待つしかない。母と妹はわたしを残して飛行機へ向かった。

estaの申請状況を確認するサイトを見つめながら、タイムリミットまで待ったが、やはりそんなにすぐ認証されるわけもなく。やむなく当日の便はキャンセルすることに。この時点で既に20時半であった。JTBの人曰く、翌日以降の便の予約は翌日の代理店(申込みをした店)の開店を待って、電話で問い合わせなければならないらしい。

estaの承認も下りないし、わたしは為す術もなく空港のホテルに泊まることにした。めっちゃ高いところもあったけれど、幸いファーストキャビンというカプセルホテル(就活でもお世話になりました)があったため1泊7200円で泊まれた。

 

翌朝(今日)、起きてまた確認したけれど、まだ認証はされていなかった。(認証されるまでは「認証保留」と表示され、審査が行われているらしい。なんでもこの審査にかかる時間は、トランプ政権になってから少し厳しくなり、時間がかかるようになったそうだ)

代理店は10時まで開かないので、とりあえずホテルを出て、空港のカフェで朝食をとることにした。パンとコーヒーを頼んで席につき、念のためもう一度承認の確認をする…と!認証されていた!よかった〜〜〜!

これで10時になれば代理店で飛行機がとれる!空きがあればよいが。

 

というわけで、「パスポートを変更したのでestaを再申請する」ということをすっかり失念していたために起こった、人生初の空港置いてけぼりトラブルでした。

これで損した額は航空券代の50%(まとめて支払われており、且つ母が手配してくれてたのでいくらかは知らない)、明日予約していた現地でのツアー代金(300ドルくらい)、代わりの航空券代(まだ手配してもらってないのでいくらかわからない)、泊まってない日のホテル代、カプセルホテル代です。あとまだ確認してないけどesta申請に代理業者使ってしまったので手数料がかかっていると思われる。ドタキャンにも対応した保険に入っているらしいので、もしかしたらいくらかが保険で賄われるかもしれない。

 

ちなみに失くしたはずのパスポートは、9月から国試が終わるまで一度も使う機会がなかったバックのなかに入っていた。踏んだり蹴ったりとはこのことダネ。

卒業を前に

国試が終わって1週間。

たくさんの人に会った。遊びに行って、買い物して、お茶して、ゴハン食べて。

 

話しても話しても尽きないほどの、たくさんの話をした。なんでもない、とりとめのない話。どうでもいい話で意味がわからないほど爆笑した。たまに真剣な話をした。いわゆる恋バナをしたりもした。

 

4月から東京に住む。生まれ育った京都を離れて。

京都はいい街だと思う。こじんまりしていて、中心を離れればのんびりと過ごせる場所がある。住み慣れて、道もわかるし、勝手もわかるし、バスや地下鉄の乗り換えにも困らないし、迷わない。

でもずっと離れたかった。東京に出たかった。

なんでなの、と人は言う。京都になくて東京にあるものってなに、と。

 

わたしにもわからないけど。

でも、全然違う。可能性の幅が全然違うと思う。なんでもある。

 

その代わり、失うものもたくさんあるのだなあ、と思った。

小中高大と一緒に過ごした仲の良い友人たちのほとんどが関西に住んでいる。東京で働いているのはサークル時代の先輩や同期の数人、ラボの同期の数人。

 

たくさんの友人が、おめでとうと言ってくれた。わたしが合格した(たぶん)こと、卒業すること、就職することに。でもそれは同時に、今までのように頻繁に会えなくなるということだ。

6年制の学部を選んで、なのに途中で留学して休学して、学部にまったく関係のない東京の会社に就職することにして。(主に留学のことだが)気ままに生きているわたしを、応援して、支えてくれたひとたちがたくさんいたけど、そんなみんなともうしょっちゅう会えなくなるのだと思うと、寂しくなった。

 

おそらく将来的に京都に帰ってくることはないだろうし、友人も多いほうではないけれど、この場所で得たたくさんのものを、これからも大事にしようと思った。がんばらなきゃなあ、4月から。